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量から質へ。食事への考え方が変わった契機は? 「一回一回の食事を大切にしよう」と思い始めた理由について

減量をしているので、美味しいものしか食べたくない。美味しくないものを食べて太るのは、もったいなくて仕方がない。

あるジョッキー(競馬の騎手)の方が、このようにおっしゃっていたのですが、私も最近

どうせ太るのであれば、美味しいものを食べて太りたい。美味しくないものを食べて太る、ということだけは避けたい。

このような心境になっております。

勿論、美味しいものを食べつつ体重を落とせるのが、一番理想的なのは言うまでもないですが…。

かつては量・コスパ至上主義だった私が、なぜ考え方を変えたのか。その契機などを紹介いたします。

【参考リンク】
netkeiba

目次

量は多ければ多いほどよく、何よりもコストパフォーマンス重視だった過去

20代の頃の私は、味は二の次でとにかく量が多いこと、そして価格が安いことを何よりも重要視していました。

定食などのライス大盛が無料ならば、ほぼ必ず大盛にしてもらい、「無料サービスなのに大盛にしないのは愚か」とまで思っていたのです。

大盛無料のお店ばかり探していると、ガッツリ系のお店に行く機会が多くなります。

白米! 肉! 揚げ物! 脂!

といった感じですね。

「キッチン オトボケ」のカツカレー
早稲田大学のあたりで仕事をしていた、2013年頃の昼食。
確か、「キッチン オトボケ」のカツカレーだったかと記憶しております。

魚や野菜が苦手といったことはなかったのですが、それらを食べてお腹を満たすぐらいならば、白米や肉などを胃袋に詰め込めるだけ詰め込みたい、という考えに支配されていました。

MAX体重は三桁、健康診断結果はいつも悲惨

そうした食生活を長年続けていた結果、一時期、体重が100キロの大台を超えたことも。

また、30代になって以降は健康診断のたびに、中性脂肪やコレステロールなどの値がすごいことになっておりました。

仕事のストレスの影響などもあったかと思いますが、食べたいものを食べたいだけ口にするという生活から、なかなか抜け出せなかったですね。

なぜ、考え方が変わったのか

そんな私がなぜ、近年になって食への考え方を、大きく変えることになったのか。

これには、いくつかの理由が挙げられます。

単純に、量が食べられなくなった

ある程度の年齢になると、量が食べられなくなるなんて、昔の私には俄かに信じられないでしょうが…。

本当に、食べられる量が減りましたね。

消化速度が落ちた影響なのかどうかはわかりませんが、食べている最中に満腹感が生じてきて、次の一口になかなか進めない、ということがたまにあります。

その状態で無理に食べ続けると、食後に胃もたれなどを起こし、後悔することに…。

定食のライス大盛なども、はっきりと「完食は無理」と思えるようになり、最近は大盛をまったく頼んでおりません。

「量で満足することができなくなったので、質のほうで満足したい」となったのは、自然な流れといえば自然な流れです。

金銭面で、ちょっとだけ余裕が持てるようになった

無人のレストランのイメージ

また、若い頃は金銭面で、カツカツの生活がずっと続いていました。

そのため、食費を削ったり、少額でお腹を大いに満たしたりする必要があったのです。

しかし、近年は自分の判断で自由に使えるお金を、それなりに手にすることができるようになってきました。

気ままな独身ライフだから、という点も大きいですが、仕事に関する自分のスキルなどを、収入増に結びつけられるようになってきた点も大きいのでしょう。

そして、懐に余裕が出てきたため、「若い頃には実現できなかった、ちょっと贅沢なランチやディナーも体験してみたい」という気持ちが生じ始めたのです。

一回の食事への思い入れが強まった

若い頃にはほとんど意識していなかった、自分の最期というものを、この歳になると少しリアルに意識してくるようになります。

平均寿命が今このぐらいなので、あとこれくらいは生きられるだろうか。いや、不摂生を重ねてきたので、それよりも前に、好き勝手が許される生活はできなくなるだろうか。

そうした考えが浮かんできても、極端にネガティブになることはありませんが、「一日、一日を大事に生きていかなければ」という思いにはさせられますね。

食事にもそれが当てはまるため、「一日三食として、寿命までに食事ができるのは、あと何回…」と意識してしまいます。

ジャンクフードのみでお腹を膨らませるような、もったいない食事の仕方は避けたい。一回、一回の食事の機会を大切にし、記憶に残るような体験を、できるだけ積み重ねたい。

そういう思いが、最近強まっています。

むすび

心身の両面が老いへと向かっていく中、ライフスタイルなども、それに合わせて変化させていく必要があります。

若い頃はまったく意識していませんでしたが、衰えといるものは避けられないですし、衰えたならば、その状態で実現可能な生活形式への転換を、図らなければならないのです。

そのことを悲観視しているのかといえば、別にそんなことはなく、これは必然なのだろうな、と割り切れています。

若かったときにできたことが、できなくなっていますが、一方で若かったときにはできなかったことを、今できるようになっている。

それは多分、この先も同様ですので、ならば今できることに注力して愉しむのがよいのではないでしょうか。

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